半兵衛麸のこと
半兵衛麸のこと

家訓

半兵衛麸は元禄二年(1689年)創業の京の麸屋です。
創業以来、水と素材と技にこだわり、
伝統の味を守り続けています。

先義後利

江戸時代中期、御所の大膳亮(食事を掌る職)を務めた
玉置半兵衛は、当時まだ寺院や宮中でしか食されることのなかった貴重な食材「麸」の製法を学び、京の町で「萬屋(よろずや)半兵衛」として商いを始めました。
これが元禄二年(1689年)、初代が20歳の頃のことです。
以来、材料にこだわり、時代の変化とともに麸を発展させながら、丹精を込めて伝統の味わいと技を守り続けています。
時代が変わっても麸屋の生業とともに、現在の11代目当主まで守り続けてきたのは「先義後利(せんぎこうり)=義を先にして利を後とする者は栄える」の家訓です。
「義」とは、正しい人の道のこと、「利」とは人の強欲のことを指します。金銭欲や出世欲によって商いをすると、「人をだましてまで儲けよう」という間違った道に進み、破滅してしまいます。そうではなく人様のお役に立つ商売をし、それによって得た利益を世の中の為に使う。それが正しい商いの道として半兵衛麸の基本姿勢となっています。

不易流行

先義後利と並び、もう一つの家訓として受け継いできたのは「不易流行」です。
「不易」とは変わらないもの、「流行」とは移り変わるもののことです。半兵衛麸は、ご先祖から代々受け継がれてきた大切な教えや考え方は決して変えることなく守り続け、美味しい麸とゆばを通じて社会に貢献することを使命とし、次代に受け継いでいきます。
その一方で、新しい技術の研究や、現代のニーズに合わせた商品開発に励み、常に「お客様にとってお役にたつ存在」であり続けるよう革新を続けています。

石門心学

こうした考え方は、江戸時代に商人哲学「石門心学」を唱えた石田梅岩(いしだばいがん)の影響を強く受けています。
正直、倹約、勤勉などを分かりやすく説き、商いの利潤は武士の俸禄と同じく正当に請求できるものという石門心学の教えに、三代目の三十郎は深く傾倒し、石田梅岩の弟子である杉浦宗恒(そうこう)に師事しました。
自らも雅号「宗心」をもらい、二人の娘にも「梅」「岩」と名付けるほどの気の入れようで、彼が発した正直な商いを説く「ご先祖の教え」は、代々当主に受け継がれています。

ご先祖の教えをコラムにした「あんなぁよおぅききや」
先義後利